園長NOTE

2016

相模湖の蝉
 昔々、まだまだ青かったころ、哲学書や宗教書を斜めにかじり、『生』や『死』について悩んだことがあった。どう結論着けたのか、その経過やイメージは残っていないが、いわゆる青春の1ページの遠い記憶である。懐かしいやら、恥ずかしいやらその頃の本は棚で埃をかぶっている。大人になって、「福祉」の片隅で禄を食み、親戚知人以外の死と向き合う場面が増え、再び『生』と『死』を考えることが多くなった。若い時の感覚はきれいに消えて、現実路線を突き進む。

 特に最近は、自らの終焉をわりと身近に感じて、「よく生き。よく死にましょう」などと言うようになった。「寿命」と言う言葉を噛みしめるようになったと言い換えてもいい。障害者だったか、その家族だったか、難病者の家族だったか、そのへんの記憶が定かではないが、次のようなことを言っていた。強く印象に残っている。80歳で死のうと5歳で逝こうと実は同じなんだ。その人に与えられた寿命を全うしたと考えれば、その死は無駄でもないし、永遠に悲しむべきことでもない。要は、与えられた寿命をいかに生きたかと言うことなんだ。 わかったようで、わからない話だと思ったが、咀嚼していくうちに、合点がいくようになってきた。なあーんだ、そういうことなんだ。少し雲が開けた気になった。 ところが、今度はそうはいかない。何を言ってやがる。ふざけたことを言うんじゃないよ。どう考えても、運命や寿命なんかではない。よく生きたかもしれないが、りっぱな死だとは絶対に言わせない。理不尽とはこのことだ。不埒な悪行である。
巷では、事件の分析に喧しい。あれこれと専門家とやらが、後出しジャンケンに忙しい。確かにそうでございます。おっしゃる通り、その通り。
それをさ、7月25日までに言ってくれればね。なんでも、誰でも言えるのよ、後出しジャンケンは。

 やまゆり園を訪ねた。
穏やかな雨間の午後、まるで何もなかったかのように、相模湖のロケーションにしっくり合っていた。合掌するしかすべがなかった。無心で祈った。これから私たちは何をすべきなのか。答えは、いいえ、何もできません。これから、自分たちの備えはできるかもしれないが、19人の魂に対しては、本当に何もできない。祈るしかできない。よく生きたという証も立てられない。好きな食べ物も知らない。肝心なお名前や人となりも知らないのだから。やまゆり園の門の前で佇んでいると、雨上りの陽が差し、またセミが鳴きだした。

空蝉の殻は木ごとに留(とど)むれど魂の行くへを見ぬぞ悲しき  読人知らず『古今集』